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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)9628号 判決 1969年3月14日

原告

石川英資

ほか二名

被告

清水直之

ほか一名

主文

被告らは各自原告石川英資に対し金六〇〇、〇〇〇円、原告石川惇一に対し金一二、四七六円および右各金員に対する昭和四一年一〇月一九日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告石川英資、同石川惇一の被告らに対するその余の請求および原告石川仁美の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中原告石川英資と被告らとの間に生じたものはこれを九分し、その八を原告石川英資の、その余を被告らの、各負担とし、原告石川惇一、同石川仁美と被告らとの間に生じたものは右原告らの負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一、被告らは各自原告石川英資(以下、原告英資という)に対し金五、三九〇、六二〇円、原告石川惇一(以下原告惇一という)に対し金一、四四一、一七〇円、原告石川仁美(以下原告仁美という)に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四一年一〇月一九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一、(事故の発生)

原告英資は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四一年四月二日午後四時五五分頃

(二)  発生地 東京都足立区千住宮元町六五番地附近丸確スタンド東側通称大師通

(三)  加害車 ダイハツ・ハイゼット軽四輪車(六足い七八一六号、以下被告車という。)

(四)  態様 被告車は右道路を西新井橋方向より足立区役所前電停に向け進行し、右交差点を通過し、横断歩道先にさしかゝつた際、同道路を足立区役所前方向に走つていた原告英資の後方より、同人の左耳後部に被告車の前部右側バックミラーを衝突させ、その衝撃により同人を数メートル先路上に転倒、左前額をコンクリート舗装路に激突せしめた。

(五)  被害者 原告英資の傷害の部位程度は、次のとおりである。

硬膜外血腫等により昭和四一年四月二日井口救急病院に入院、二日後東大病院に転院し同月四日硬膜外血腫除去の手術をうけ、同月一二日下谷病院に転院、同年五月一日退院。

(六)  また、その後遺症は次のとおりである。

退院後も頭痛、頭重、めまい、微熱、頭部瘢痕等の症状を存し、毎日の注射、服薬、三ケ月に一度の脳波検査等を行つている。統計上四%の外傷性てんかんの可能性がある。

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告直之は、被告車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告耕平は、被告直之の兄であり、皮財布製造の事業の経営者であり、被告直之が被告耕平の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、民法七一五条一項による責任。

(三)  被告直之は、事故発生につき、次のような過失があつた。

現場は信号機のある交差点の横断歩道附近であるので十分前方を注視し、且つ突然子供が飛び出しても直ちに急停車して事故を未然に防止できるように安全運転すべき義務があつたが、これに違反した。

三、(損害)

(一)  原告英資の損害

(1) 逸失利益

原告英資は、前記後遺症により、次のとおり、将来得べかりし利益を喪失した。その額は四、三九〇、六〇二円と算定される。

(事故時) 八才

(稼働可能年数)二〇才より六五才まで。

(労働能力低下の存すべき期間) 右に同じ。

(収益) 一般賃金(総理府統計局編第一六回日本統計年鑑昭和四〇年版四〇〇頁記載第二五六表の産業別常用労働者毎月平均現金給与額)一ケ月五二、五〇〇円

(労働能力喪失率) 三割

(右喪失率による毎年の損失額) 一八九、二〇〇円

(年五分の中間利息控除)ホフマン複式(年別)計算による。

(2) 慰藉料

原告英資の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情および次のような諸事情に鑑み金一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

昭和四〇年八月六日療養のため伊豆下田の大和館に赴いた際、三八度位の発熱と共に痙攣発作を起した。その後も発作が心配される。学校は一学期遅れ、勉学の意慾を全く失つた。体操、水泳等は最低二年禁止されている。今後脳波検査等による苦痛がありえる。

(二)  原告惇一の損害

(イ) 物質的損害

a、原告惇一は同英資の父であり、内科医院を盛業し英資の受傷時から終始同人に附添い看護し、この間業務に携わることを得ず一〇日間全日休診、二〇日間半日休診の余儀なくされ、この休診による営業利益の喪失額は一日一〇、〇〇〇円の純益として二〇〇、〇〇〇円

b、下谷病院の入院料 一一六、一四〇円

c、検査料及薬済料 三三、〇一〇円

d、附添看護婦賃金

東大病院四月四日~四月一二日 一一、九四〇円

下谷病院四月一三日~五月一日 二五、〇八〇円

e、諸雑費(交通費、食費その他) 一〇、〇〇〇円

f、家政婦賃金(母親看護のため留守中) 四五、〇〇〇円

(ロ) 慰藉料

原告英資の傷害及び東大病院における開頭手術に際しより原告惇一ははかり知れないショックと苦痛を味わつた。

これらの事情に鑑み慰藉料は一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三)  原告仁美の損害

右(ロ)と同様の理由により母親としての慰藉料は一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告英資は五、三九〇、六〇二円、原告惇一は一、四四一、一七〇円、原告仁美は一、〇〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四一年一〇月一九日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(三)は認める。(四)のうち被告車右バックミラーが原告英資の左耳後部に接触させ転倒させたことは認めるがその余は否認。

(五)のうち入院手術を受けたことは認めるが、傷害の部位程度は不知。

(六)は不知。

第二項のうち(一)は認める。(二)のうち被告耕平が皮財布製造の事業経営者であることを否認する。経営者は被告直之であり従つて被告耕平に使用者責任はない。

第三項は不知。

二、(事故態様に関する主張)

原告英資は丸確スタンドで友達三人と洗車機のそばで遊んでいたところ同スタンドの従業員にしかられたことから急に被告車の直前に飛び出したものである。現場は一方通行で交通も閑散なものであり、当時学童の通行は一切なく子供が飛び出すような周囲の状況ではなかつた。丸確スタンドの塀の延長にトラックが停車しており、被告車から原告英資等の姿は全く見えない状況にあつたところ突然トラックの蔭から被告車前方三米余に同人が飛び出したものである。

三、(抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告直之には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに被害者原告英資の過失によるものである。また、被告直之には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告直之は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については被害者原告英資の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(三)  損害の填補

被告は本件事故発生後治療費として井口整形外科分一三、三七〇円、東大付属病院分七一、一二八円を支払いをしたので、右額を加えた総額につき過失相殺さるべきである。

第五抗弁事実に対する原告の認否

被告の右治療費の弁済の事実は認める。

第六証拠関係〔略〕

理由

一、請求原因第一項(一)ないし(三)は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告英資は本件事故により頭部外傷(硬膜外血腫)の傷を受け、昭和四一年四月二日井口整形外科医院に入院し、同月四日東大病院に転院し、血腫除去手術を受け、同月一二日下谷病院に転院し、同年五月一日退院したこと(入院手術を受けたことは争いがない。同年七月当時頭重頭痛めまい微熱が残り、外傷性てんかんの予防のため内服薬を連用していることが認められる。

二、請求原因第二項(一)の事実は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば被告耕平は同直之の兄であり、同人の経営する皮財布製造業に従事しており、被告車は右営業のために使用されていたことが認められる。右事実によれば被告耕平も被告直之とともに、被告車を自己のために運行の用に供していたものというべきで、自賠法第三条により、同条但書の免責の主張が認められない限り原告らの次の損害を賠償すべき義務がある(原告らの被告耕平に対する請求は民法第七一五条第一項に基くものであるが、裁判所はこれに拘束されるものではなく、これを自賠法第三条により判断しても差し支えないものと解する。

三、次いで、被告の免責及び過失相殺の抗弁につき判断する。〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件道路の状況

本件事故の発生した道路は竜田町交差点の南側の巾員約九米の道路であり車歩道の区別はなく、一方通行の道路である。右道路の西側に丸確スタンドの給油所、洗車場等があり、その竜田町交差点よりの角はブロック塀がなされてあり右交差点附近より右スタンドの給油所、洗車場は見通せない状況である。なお、事故当時右スタンドには本件道路寄りに普通トラックが一台駐車していた。

(二)  衝突の状況

原告英資は右丸確スタンド内の洗車場附近で洗車を見ていたが、突然スタンド内で駐車中普通トラックの蔭から本件道路中央に向つて、ほぼ直角に走り出した。被告直之は被告車を運転し時速約三五粁で竜田町交差点を通過し、右交差点の南側横断歩道を通過したころ、進行斜前方約七~八米先の右普通トラックの蔭から道路中央へ走り出して来る原告英資を発見し急ブレーキをかけたが及ばず道路のほぼ中央で被告車のバックミラーを同人に接触させたことが認められる。

右認定事実によれば、現場は横断歩道に近い歩車道の区別のない道路であるので歩行者が急に飛び出すことも十分予見し得るのであるから自動車の運転者としてはさらに減速して進行すべき注意義務があつたものというべく、被告直之はこれに違反した過失が認められる。従つて被告の意責の抗弁は採用し難い。しかし、一方、原告英資は進行して来る自動車に注意を払わず道路中央へほぼ直角に走り出した過失が認められ、両者の過失の割合はおゝむね原告英資七対被告直之三と認める。

四、損害

(一)  原告英資の損害

〔証拠略〕によれば、原告英資は昭和四二年四月頃にいたつても頭痛、耳鳴、めまい、時として発熱を訴え、全身倦怠感があり、脳波所見にて左前頭部の軽度機能低下が推定され、抗けいれん、剤を内服するよう診断されていること、退院後昭和四一年に伊豆の旅館に静養に行つたときと、昭和四二年春頃自宅で発作を起したことがあり、昭和四三年五月頃、東京労災病院においても外傷性てんかんと診断されている。しかし将来なお発作を起す可能性、知能に与える影響などについては、可能性を否定し得ない程度のものであり、一方脳波異常も回復の可能性も否定できないこと、現に小学校における成績も事故前に比べ同じ位であることが認められる。右認定の事情の下では原告英資につき将来正人に比し労働能力の点で劣ることがあり得ることは否定し得ないが、二〇才から六五才までの間労働能力が正常人より三割減少するとする同原告の逸失利益の請求は認めることができない。右の労働能力の多少の喪失のあり得ることは慰藉料の点で考慮し、将来万一、発作等により廃人となるといつた顕著な後遺症が発生した場合はその時点においてさらに被告らに賠償を求める請求権が留保されると解する。

以上認定の原告英資の傷害の部位程度、入院治療の状況、現在の後遺症の程度将来ある程度労働能労の喪失があり得ること、および同原告の過失を斟酌し同原告の受くべき慰藉料は六〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

(二)  原告惇一の損害

〔証拠略〕によれば、同原告は原告英資の父として、下谷病院入院料として一一六、一四〇円、本訴提起時までの検査科薬品代として三三、〇一〇円、附添看護婦賃金として山田みよに対し三三、六〇〇円を支払つたことが認められ、右金員は本件事故と相当因果関係が認められ、諸雑費の請求については昭和四一年四月二日から同年五月一日まで三〇日間の入院日数につき一日二〇〇円合計六、〇〇〇円の限度で相当因果関係に立つ損害と認められ、休診による損害については、原告英資の傷害、手術の状況から同年四月二日から五日間程度は休診し付添うことは止むを得ないものと認められ、この間の損益は一日一〇、〇〇〇円と認められるので合計五〇、〇〇〇円となる。家政婦賃金の請求についてはこれを認めるに足る証拠はない。

よつて、原告惇一の損害は二三八、七五〇円となるが、これに被告において井口整形外科、東大付属病院の分として支払つたこと当事者間に争いがない八四、四九八円を加えた三二三、二四八円につき前認定の原告英資の過失を斟酌すれば九六、九七四円となり、これより右八四、四九八円を控除すれば、残額一二、四七六円となる。

(三)  原告惇一、同仁美の慰藉料

子の傷害により両親が慰藉料を請求し得るのは、被害者がそのため生命を害された場合にも比肩すべき、又は右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときに限るのであり、原告惇一、同仁美は子たる原告英資の受傷により精神的苦痛を受けたことは認められるが、いまだ、同人が生命を害された場合にも比肩すべきかまた右の場合に比して著しく劣らない程度に精神的苦痛を受けたものとは認め難く、従つて原告惇一、同仁美の慰藉料の請求は失当である。

五、よつて被告らは各自原告英資に対し金六〇〇、〇〇〇円、原告惇一に対し金一二、四七六円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること証拠上明らかな昭和四一年一〇月一九日より支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による金員を支払うべき義務があり、右原告両名の請求は右の限度で正当として認容し、その余の請求及び原告仁美の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治)

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